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【理学療法士が解説】運動で脳を守る|認知機能を維持するための3つの運動習慣

物忘れに困っている男性の写真
「運動が体にいい」とは聞くけれど、認知機能とどう関係があるのでしょうか。近年の研究で、運動が脳の健康に深く関わっていることが明らかになっています。この記事では、リハビリテーションの専門家である理学療法士が、認知機能を守るための運動の効果と、無理なく始められる具体的な方法をエビデンスとともにお伝えします。

運動が「脳の健康」を守る理由

脳の健康は、記憶力や注意力、気分の安定、判断力など、日常生活のあらゆる場面を支える土台です。


年齢を重ねると、脳は少しずつ萎縮したり、血流が低下したりといった変化が起こります。しかし、その進み方は生活習慣によって大きく変わることがわかっています。


中でも「運動」は、脳そのものと、脳を支える血管や代謝の環境を同時に整えることができる、取り組みやすい方法です。実際に、身体を動かさない生活(身体不活動)は「変えることのできる認知症リスク要因」の一つとして位置づけられており、予防戦略の柱になっています(Livingston et al., 2024)。



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血流アップで、脳に酸素と栄養が届く

脳は体の中でも特にエネルギーを多く消費する臓器です。そのため、十分な血流を保ち、酸素や栄養を届け続けることが、認知機能を維持する前提となります。


運動トレーニングが脳の血流に与える影響を調べた研究をまとめた報告では、記憶に関わる「海馬」や、注意・判断に関わる「前帯状皮質」といった領域で、血流の増加が比較的一貫して観察されました(Kleinloog et al., 2022)。


興味深いのは、脳全体の血流が均一に上がるわけではなく、認知機能に深く関わる領域で変化が見られやすいという点です。つまり運動は、脳の「大事な場所」を選んで整えてくれる可能性があるのです。



運動で増える"脳の栄養素"

「運動が脳に良い」と言われる理由の一つに、BDNF(脳由来神経栄養因子) という物質の存在があります。


BDNFは、脳の神経細胞同士のつながり(シナプス)を強くしたり、新しい学習を助けたりする働きを持つ、いわば「脳の栄養素」のような分子です。


複数の研究をまとめた解析によると、1回の運動でもBDNFは増加し、運動習慣がある人ほどその増加幅が大きくなる傾向が報告されています(Szuhany et al., 2015)。さらに、習慣的に運動を続けている人は、安静時のBDNFレベル自体も高くなることがわかっています。


また、有酸素運動のトレーニングを続けると、安静時の血中BDNF濃度が上昇することも示されています(Dinoff et al., 2016)。



運動で、脳の構造そのものが変わる

運動の効果は、「気分がすっきりする」といった主観的な感覚だけではありません。脳の構造にも良い変化をもたらす可能性があることが、研究で明らかになっています。


高齢者を対象としたランダム化比較試験では、有酸素運動を続けたグループで、記憶をつかさどる「海馬」の体積が増加し、それに伴って空間記憶(場所や位置を覚える力)も改善しました(Erickson et al., 2011)。


この研究では、海馬の体積増加が血中のBDNF濃度と関連していることも示されており、運動による脳の変化には生物学的な裏づけがあることがわかります。


この知見は、運動を「脳の老化を遅らせるもの」から、「脳の構造に影響するもの」 として捉え直す根拠になります。



筋力トレーニングは「実行機能」を高める

脳の健康というと「記憶力」をイメージしがちですが、実は「実行機能」と呼ばれる能力も非常に大切です。


実行機能とは、注意を切り替える、衝動を抑える、二つのことを同時に行う、といった日常生活に欠かせない力のこと。この機能が低下すると、段取りが悪くなったり、気が散りやすくなったりします。


高齢女性を対象とした12か月間の研究では、週1〜2回の筋力トレーニングを行ったグループで、注意力や判断力を測るテストの成績が向上しました(Liu-Ambrose et al., 2010)。


また、50歳以上の方を対象にした多くの研究をまとめた解析でも、運動が認知機能に良い影響を与えることが示されています(Northey et al., 2018)。


これらの結果は、運動は有酸素運動だけでなく、筋力トレーニングも組み合わせることが大切 であることを示しています。



生活習慣病を防ぐことが、脳を守ることにつながる

認知症のリスクは、高血圧、糖尿病、肥満、うつ、社会的孤立など、さまざまな要因が積み重なって高まります。


2024年に発表されたLancet Commissionの報告では、こうした「変えられるリスク要因」に取り組むことで、認知症の発症を予防したり、遅らせたりできる可能性が示されました。身体不活動もその重要な要因の一つです(Livingston et al., 2024)。


また、フィンランドで行われたFINGER試験では、食事・運動・認知トレーニング・血管リスク管理を組み合わせた2年間の介入により、認知機能低下のリスクが高い高齢者で、機能の維持に効果がある可能性が示されました(Ngandu et al., 2015)。


つまり運動は、「脳に直接働きかける刺激」であると同時に、「脳を傷つけるリスク環境を整える土台」 でもあるのです。



どのくらい運動すればいいの?

では、具体的にどのくらい運動すればよいのでしょうか。


WHO(世界保健機関)の2020年ガイドラインでは、成人に対して以下の運動量を推奨しています(Bull et al., 2020)。



 


高齢者では、これに加えてバランス運動や転倒予防のための運動を週3日以上取り入れること、そして座りっぱなしの時間を減らすことも強調されています。


「週150分」と聞くと多く感じるかもしれませんが、1日あたりに換算すると約20分。まずは無理のない範囲で、少しずつ始めてみましょう。



理学療法士がすすめる「3つの運動タイプ」

脳の健康を守るための運動は、「どれか一つをやればいい」というものではありません。役割の違う運動を組み合わせることで、より効果的に脳と体を守ることができます。


50歳以上の方を対象にした研究をまとめた解析では、有酸素運動、筋力トレーニング、複数の要素を組み合わせた運動、太極拳のいずれも、認知機能の改善に効果があることが示されました(Northey et al., 2018)。


また、1回あたり45〜60分程度、中等度以上の強度で行うことが認知機能への効果と関連しており、有酸素運動と筋力トレーニングを併用することが推奨されています(Northey et al., 2018)。


ここでは、理学療法士の視点から、取り組みやすい「3つの運動タイプ」をご紹介します。



① 有酸素運動

有酸素運動とは?

有酸素運動とは、酸素を取り込みながら長時間続けられる運動のことです。早歩き、軽いジョギング、サイクリング、水中ウォーキングなどが代表的です。

この運動の強みは、脳に酸素と栄養を届ける血管の働きを整えやすい点にあります。


研究でわかっていること

高齢者を対象としたランダム化比較試験では、有酸素トレーニングを続けたグループで、記憶に関わる「海馬」の体積が増加し、記憶機能も改善しました(Erickson et al., 2011)。

この結果は、「加齢とともに脳は縮む一方」という考えを覆す重要な根拠となっています。


実践のポイント

運動の強度は、「会話はできるけれど、少し息が弾む」 くらいが目安です。

最初から長時間やる必要はありません。1日10分の早歩きを週5日続ければ、それだけで週50分。少しずつ積み上げていきましょう。



② 筋力トレーニング

筋力トレーニングの意外な効果

筋力トレーニングというと、「足腰を強くする」「転倒を防ぐ」といったイメージがあるかもしれません。もちろんそれも大切な効果ですが、実は脳の「実行機能」を高める働きもあることがわかっています。

実行機能とは、注意を切り替える、衝動を抑える、計画を立てて実行するといった、日常生活に欠かせない脳の働きのことです。


週1〜2回でも効果あり

高齢女性を対象にした12か月間のランダム化比較試験では、週1回または週2回の筋力トレーニングを行ったグループで、注意力や判断力を測るテスト(Stroop課題)の成績が改善しました。一方、トレーニングをしなかったグループでは成績が悪化する傾向が見られました(Liu-Ambrose et al., 2010)。

この結果は、「毎日やらないと意味がない」という誤解を解く重要な根拠です。週に1〜2回でも、続けることで効果が期待できます。


実践のポイント

WHOも、筋力トレーニングを週2日以上行うことを推奨しています(Bull et al., 2020)。

有酸素運動の日と組み合わせて、例えば「月・木は早歩き、火・金はスクワット」のように計画すると、無理なく取り入れられます。



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③ 二重課題(デュアルタスク)運動

二重課題運動とは?

二重課題(デュアルタスク)運動とは、体を動かしながら、同時に頭も使う運動のことです。

例えば、歩きながら計算をする、足踏みをしながらしりとりをする、といった活動がこれにあたります。

私たちの日常生活は、実は二重課題の連続です。歩きながら周囲に注意を払う、料理をしながら段取りを考えるなど、常に複数のことを同時に行っています。二重課題運動は、こうした実生活に直結するトレーニングと言えます。


転倒予防と認知機能、両方に効果

認知機能に課題を抱える高齢者を対象にした研究をまとめた解析では、二重課題トレーニングが認知機能に小〜中程度の効果、歩行やバランス能力には中〜大きな効果をもたらすことが示されています(Ali et al., 2022)。

つまり、脳を鍛えながら、転倒予防にもなる一石二鳥のトレーニングなのです。


太極拳やダンスも効果的

二重課題の要素を多く含む運動として、太極拳やダンスも注目されています。

太極拳は、ゆっくりとした動きの中で「順番を覚える」「注意を向け続ける」ことが求められます。2型糖尿病と軽度認知障害(MCI)をもつ高齢者を対象にした研究では、太極拳を続けたグループは、ウォーキングを続けたグループよりも認知機能テストの成績が良好でした(Chen et al., 2023)。

また、ダンスは体を動かすことに加えて、音楽に合わせる、振り付けを覚える、仲間と一緒に楽しむといった要素が重なります。軽度認知障害のある高齢者で、ダンス活動によって認知機能が改善したという報告もあります(Yuan et al., 2022)。



3つの運動タイプ まとめ

どう組み合わせればいい?


「3つもやるなんて大変…」と思われるかもしれません。でも、難しく考える必要はありません。


例えば、こんな組み合わせはいかがでしょうか。




自分にあったペースで実施できると良いと思います。


 


 



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まとめ

① 運動は脳に効く



  • 脳への血流が増え、酸素と栄養が届く

  • 「脳の栄養素」BDNFが増加する

  • 記憶に関わる海馬の体積維持が期待できる


② 3つの運動を組み合わせる



  • 有酸素運動(早歩きなど)→ 脳血流の改善

  • 筋力トレーニング → 実行機能の向上

  • 二重課題運動 → 認知機能とバランスを同時に強化


③ 週1〜2回、少しずつでOK



  • 完璧を目指さなくて大丈夫

  • まずは1日10分から

  • 体調が悪いときは無理をしない



出典

1)Ali N, Taljaard M, Smith EE, Bherer L. Dual-task training for cognitive impairment in older adults: a meta-analysis. J Aging Phys Act. 2022;30(6):1046-1057.


2)Bull FC, Al-Ansari SS, Biddle S, et al. World Health Organization 2020 guidelines on physical activity and sedentary behaviour. Br J Sports Med. 2020;54(24):1451-1462.


3)Chen K, Xu Y, Wang X, Li F. Tai chi and cognitive function in older adults with type 2 diabetes and mild cognitive impairment: a randomized controlled trial. JAMA Netw Open. 2023;6(3):e234657.


4)Dinoff A, Herrmann N, Swardfager W, et al. The effect of exercise training on resting concentrations of peripheral brain-derived neurotrophic factor (BDNF): a meta-analysis. PLOS ONE. 2016;11(9):e0163037.


5)Erickson KI, Voss MW, Prakash RS, et al. Exercise training increases size of hippocampus and improves memory. Proc Natl Acad Sci U S A. 2011;108(7):3017-3022.


6)Kleinloog JPD, Mensink RP, Ivanov D, Adam JJ, Uludağ K, Joris PJ. Effects of physical exercise training on cerebral blood flow measurements: a systematic review of human intervention studies. Int J Sport Nutr Exerc Metab. 2023;33(1):47-59.


7)Liu-Ambrose T, Nagamatsu LS, Graf P, Beattie BL, Ashe MC, Handy TC. Resistance training and executive functions: a 12-month randomized controlled trial. Arch Intern Med. 2010;170(2):170-178.


8)Livingston G, Huntley J, Liu KY, et al. Dementia prevention, intervention, and care: 2024 report of the Lancet standing Commission. Lancet. 2024;404(10452):572-628.


9)Ngandu T, Lehtisalo J, Solomon A, et al. A 2 year multidomain intervention of diet, exercise, cognitive training, and vascular risk monitoring versus control to prevent cognitive decline in at-risk elderly people (FINGER): a randomised controlled trial. Lancet. 2015;385(9984):2255-2263.


10)Northey JM, Cherbuin N, Pumpa KL, Smee DJ, Rattray B. Exercise interventions for cognitive function in adults older than 50: a systematic review with meta-analysis. Br J Sports Med. 2018;52(3):154-160.


11)Szuhany KL, Bugatti M, Otto MW. A meta-analytic review of the effects of exercise on brain-derived neurotrophic factor. J Psychiatr Res. 2015;60:56-64.


12)Yuan Y, Li J, Zhang N, Fu P. Dance intervention for cognitive function in older adults with mild cognitive impairment: a systematic review and meta-analysis. Front Aging Neurosci. 2022;14:966675.


荒井 一樹
執筆者

荒井 一樹

理学療法士
回復期リハビリテーション病院、地域包括ケア病棟で主に脳血管疾患、整形外科疾患、内部疾患の患者様に対するリハビリテーション医療に従事してきました。科学的根拠に基づいたリハビリに加え、在宅生活を見据えた支援を行います。

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