脳梗塞、脳出血、脊髄損傷、腰痛、五十肩などの後遺症改善を目的としたリハビリサービス

お問合わせ

脳卒中の後遺症は再生医療で改善する?|幹細胞治療の効果と可能性

脳卒中の再生医療の画像
脳卒中後の後遺症と向き合い、機能回復を目指して日々懸命にリハビリテーションに取り組まれていることと存じます。

しかし、「リハビリを続けても、これ以上の改善は難しいのでは?」「何か新しい治療法はないのだろうか?」こうした壁を感じ、悩まれている患者様やご家族は少なくありません。

確かに、発症直後の急性期治療には時間的な制約があり、その後のリハビリによる回復も、ある時期から伸び悩む「プラトー」と呼ばれる状態に陥ることがあります。

こうした既存治療の限界を超える新たな希望として、今、世界中で注目されているのが「再生医療」、特に「幹細胞」を用いた治療法です。

この記事では、脳卒中に対する再生医療の最新の研究成果(エビデンス)に基づき、「どのような後遺症に効果が期待できるのか」「治療の仕組みや現状の課題は何か」といった疑問について

専門家の視点から分かりやすく解説します。ご自身の、あるいはご家族の「あきらめない未来」を考えるための一助となれば幸いです。

なぜ効くの?再生医療が脳の“回復力”を高める3つの仕組み

再生医療(幹細胞治療)がなぜ脳卒中の後遺症に効果が期待されるのか、その「仕組み(メカニズム)」を解説します。


 


「失われた脳細胞を、新しい細胞で入れ替える(補充する)」というイメージをお持ちの方も多いかもしれませんが、実はそれは一部分に過ぎません。


 


最新の研究では、移植された幹細胞の最も重要な役割は、脳が本来持っている「自ら治ろうとする力(自己修復能力)」を最大限に引き出す「サポーター役」になることだと分かっています。


 


幹細胞は、ダメージを受けた脳の環境全体に働きかけ、リハビリの効果が出やすい状態へと導いてくれるのです。


具体的には、主に以下の3つの働きが報告されています。



1.脳への栄養補給と細胞の保護

移植された幹細胞は、周囲の細胞を元気にするための「栄養ドリンク」のような物質(成長因子など)を放出します。この働きにより、ダメージは受けたものの、まだ生き残っている脳細胞を保護し、脳組織のさらなる破壊を防ぎます。


 


これを、「パラクリン効果」といいます。



2.過剰な「火事(炎症)」を鎮める働き

脳卒中の後は、脳内で過剰な「炎症」が起こり、これが二次的なダメージを広げる一因となります。幹細胞には、この炎症という名の「火事」を適切に鎮める消防隊のような働きがあり、脳を落ち着かせて修復に専念できる環境を整えます。


 


これを、「免疫調節作用」といいます。



3.神経の"土台"を作り、再接続を促す

幹細胞は、脳内に新しい血管(栄養を運ぶ道)を作ったり、神経細胞そのものが新たなネットワーク(情報の通り道)を再構築するのを助けたりします。これにより、失われた機能を取り戻すための「土台」が作られます。


 


このように、幹細胞治療は単純な細胞補充ではなく、「①栄養補給」「②炎症抑制」「③土台作り」という複数のアプローチで脳の回復を総合的に後押しします。だからこそ、その後のリハビリテーションとの相乗効果が大きく期待されているのです。


 




どんな細胞を使うの?再生医療で研究が進む代表的な細胞

前の章で解説したように、再生医療は脳が本来持つ「回復力」を高めてくれます。


 


では、そのために具体的に「どんな細胞」が使われるのでしょうか?


 


実は、治療に用いる細胞にはいくつか種類があり、それぞれ原料(採取する場所)や、期待される効果の得意分野が異なります。


 


ここでは、脳卒中治療で研究が進んでいる代表的な3種類の細胞について、「どのような後遺症の改善が期待できるか」という視点で解説していきます。



【万能選手】間葉系幹細胞(かんようけいかんさいぼう:MSC)

【特徴】


現在の臨床研究で最も広く使われている、いわば「万能選手」です。


大きな特徴は、他人の細胞を使っても拒絶反応が起きにくいこと。これにより、必要な時にすぐ使える「治療薬(既製品)」として開発できる可能性があり、注目されています。(出典:MSCの特徴がまとまっています


 


【どこから採れる?】


骨髄、脂肪、臍帯(へその緒)など、比較的採取しやすい組織から得られます。



【運動機能の改善に期待】骨髄単核球細胞(こつずいたんかくきゅうさいぼう:BMMNCs)

【特徴】


ご自身の骨髄から採取する、様々な種類の細胞を含んだ集団です。


 


【どんな効果が報告されている?】


複数の質の高い研究結果を統合した分析によると、この細胞は特に運動機能の回復において、最も高い効果を示したと報告されています。(出典:異なる再生医療を比較した研究で、BMMNCsの有効性が示されています



  • 運動麻痺の改善(リハビリで使う精密な運動機能評価)

  • 日常生活動作の改善(ベッドからの起き上がり、着替え、食事など)


 


 


このように、細胞によって「得意なこと」が少しずつ違うことが分かってきました。


 


これは、将来的に患者様一人ひとりの症状や回復の目標に合わせて最適な細胞を選ぶ「個別化医療(オーダーメイド治療)」に繋がる可能性があります。



効果や安全性は?臨床研究で分かってきたこと

再生医療に大きな期待が寄せられる一方、「実際のところ、どれくらい効果があるのか」「治療は安全なのか」という点は、皆様が最も知りたいことだと思います。


 


ここでは、世界中の臨床研究から見えてきたエビデンス(科学的根拠)の現在地について、専門家の視点から「有効性」と「安全性」に分けて解説します。



【有効性】「日常生活の改善」がデータで示されている

有効性について、現在最も信頼性の高いとされる複数の研究結果を統合した分析(メタアナリシス)では、次のような結果が報告されています。(出典:幹細胞療法は、特に早期介入により、脳卒中患者の機能的転帰を改善する安全かつ効果的なアプローチとなる可能性がある


 


幹細胞治療を受けた患者さんは、受けなかった患者さんと比べて、日常生活の自立度や手足の運動機能において、科学的に意味のある改善を示しました。


 


ただし、これは「すべての後遺症が完全に治る」ことを意味するわけではありません。治療に使う細胞の種類や量、投与のタイミングなどがまだ研究段階であるため、効果の現れ方には個人差やばらつきがあるのが現状です。


 


そして、最も重要なポイントは、再生医療が「リハビリテーションの効果を増強させる」可能性を秘めていることです。幹細胞治療によって脳の修復環境が整えられ、その後のリハビリに対する脳の応答性が高まる。この再生医療 × リハビリ」の相乗効果」こそが、この治療法の核心的な価値と考えられています。


 


【具体的な研究内容】


①慢性脳卒中者における静脈内同種間葉系幹細胞の治療成果


この研究では、脳梗塞発症から平均4年以上経過し、重い後遺症を持つ36名の患者に、健康なドナー由来の間葉系幹細胞(MSC)を1回静脈投与しました。


 


1年間の追跡調査の結果、この治療法は非常に安全であることが確認されました。重篤な副作用はなく、患者の日常生活動作や神経機能において、統計的に有意な改善が見られました。


 


特に、身の回りの動作を評価する指標(バーセルインデックス)は平均で10.8点改善し、優れた機能回復を達成した患者の割合は、治療前の11.4%から35.5%へと約3倍に増加しました。(出典:慢性脳卒中者における静脈内同種間葉系幹細胞の治療成果



 


 


②慢性期脳卒中者に対する自己脂肪由来幹細胞の治療成果


この研究では、慢性期の脳梗塞患者3名に対し、本人の腹部などから採取した脂肪由来幹細胞を培養し、脳内に直接移植しました。


 


その結果、6ヶ月後、3名の患者全員で安全性が確認され、重い副作用は見られませんでした。


 


さらに、日常生活動作(バーセルインデックスが25~50点改善)や運動機能、感覚機能において改善が認められました。(出典:慢性期脳卒中者に対する自己脂肪由来幹細胞の治療成果




【安全性】これまでの研究で、重い副作用の報告はほとんどない

安全性に関しては、これまでの多くの臨床試験で「良好である」という結果が一貫して報告されています。


 


治療に伴う有害な事象は、起きても軽微なものがほとんどで、がん化(腫瘍形成)といった重篤な副作用は、現時点では報告されていません。


 


もちろん、新しい治療法であるため、長期的な安全性については今後も慎重にデータを集めていく必要があります。しかし、これまでのデータで高い安全性が示されていることは、治療を検討する上で非常に大きな安心材料と言えるでしょう。


 



【今後の課題】誰もが安心して治療を受けるために

一方で、再生医療が将来、保険適用されるような一般的な治療として広く普及するためには、まだ解決すべきいくつかの課題があります。(出典:脳卒中に対する幹細胞治療についてまとまっています


 


【安全性のさらなる追求】



  • がん化のリスク iPS細胞など、非常に高い能力を持つ特殊な細胞を用いる研究では、細胞が予期せずがん化するリスクがないかを慎重に調べる必要があります。現在、脳卒中治療の主流である幹細胞治療ではこのリスクは低いとされていますが、厳格な品質チェックは不可欠です。

  • 血管が詰まるリスク(塞栓症) 細胞を点滴で投与する場合、まれに血管が詰まるリスクが指摘されています。安全な細胞の量や投与スピードなど、最適な投与方法の確立が求められます。


 


【品質とコストの問題】



  • 品質の安定化(標準化) 再生医療はいわば「生き物」を使う治療のため、医薬品のように「いつでも、どこでも、誰が使っても同じ品質」を保つことが大きな課題です。細胞の品質のばらつきが効果のばらつきに繋がらないよう、製造ルールの確立(GMP)が世界中で進められています。

  • 治療にかかる費用 現在、再生医療は非常に高額になることが多く、誰もが受けられる治療とは言えません。将来的に広く普及するためには、治療費をどう抑えていくかという課題も避けては通れません。


 


【倫理的・社会的な課題】


受精卵を用いる一部の研究では生命倫理に関する議論があるほか、すべての患者さんが公平に治療へアクセスできる機会をどう確保するかなど、社会全体で考えていくべき課題も残されています。


 




まとめ

本記事では、脳卒中に対する再生医療の最新の知見について、その仕組みから効果、安全性、そして今後の課題まで、専門家の視点から解説してきました。


 


最後に、大切なポイントを改めて振り返ります。



  • 治療の仕組み 再生医療は、失われた細胞を単純に補充するのではなく、脳が本来持つ「回復力」そのものを高め、リハビリの効果が出やすい環境へと整える治療法です。

  • 効果と課題 世界中の研究で、日常生活動作や運動機能の改善といった有効性が科学的に示されつつあります。一方で、効果には個人差があり、品質の安定化やコストなど、解決すべき課題もまだ残っています。

  • 最も重要なこと 再生医療は、それ単体で機能が回復する「魔法の治療」ではありません。その真価は、患者様ご自身が取り組む地道なリハビリテーションと組み合わさることで、最大限に発揮されます。


 


もし、再生医療についてさらに詳しく知りたい、あるいはご自身の可能性を相談したいと思われたら、まずはかかりつけの主治医や、再生医療を専門とする医療機関に相談することから始めてみてください。



出典

1)Chang W, Ma X, Zhang H, et al. The efficacy and safety of stem cell therapy for ischemic stroke: a systematic review and network meta-analysis study. BMC Neurol. 2025;25(1):235. Published 2025 May 31. doi:10.1186/s12883-025-04246-w


2)Alrasheed AS, Aljahdali TA, Alghafli IA, et al. Safety and Efficacy of Stem Cell Therapy in Ischemic Stroke: A Comprehensive Systematic Review and Meta-Analysis. J Clin Med. 2025;14(6):2118. Published 2025 Mar 20. doi:10.3390/jcm14062118


3)Chiu TL, Baskaran R, Tsai ST, et al. Intracerebral transplantation of autologous adipose-derived stem cells for chronic ischemic stroke: A phase I study. J Tissue Eng Regen Med. 2022;16(1):3-13. doi:10.1002/term.3256


4)Levy ML, Crawford JR, Dib N, Verkh L, Tankovich N, Cramer SC. Phase I/II Study of Safety and Preliminary Efficacy of Intravenous Allogeneic Mesenchymal Stem Cells in Chronic Stroke. Stroke. 2019;50(10):2835-2841. doi:10.1161/STROKEAHA.119.026318


5)Panos LD, Bargiotas P, Arnold M, Hadjigeorgiou G, Panos GD. Revolutionizing Stroke Recovery: Unveiling the Promise of Stem Cell Therapy. Drug Des Devel Ther. 2024;18:991-1006. Published 2024 Mar 29. doi:10.2147/DDDT.S460998


 


 


荒井 一樹
執筆者

荒井 一樹

理学療法士
回復期リハビリテーション病院、地域包括ケア病棟で主に脳血管疾患、整形外科疾患、内部疾患の患者様に対するリハビリテーション医療に従事してきました。科学的根拠に基づいたリハビリに加え、在宅生活を見据えた支援を行います。

脳梗塞のリハビリTips

ページのトップへ